雑記

ヴィパッサナー瞑想のやり方とは?合宿で学んだ内容をまとめてみた。

2019年7月5日

ヴィパッサナー瞑想って何やるの?

 

ヴィパッサナー瞑想の後編記事になります。

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今回は、主に瞑想方法と教えについて、覚えている範囲で書いていきます。

先に助言させていただくと、完璧に瞑想を実践したいならば瞑想合宿に参加した方がいいと思います。

瞑想法はもちろん、マインドについても毎晩みっちりとお話を聞けるので、とても濃い学びを得られます。

合宿中はメモを取ることが禁じられていたので、多少間違っているところ・私の思い間違い等があるかもしれません。どうかご了承ください。

ヴィパッサナー瞑想のやり方

 

※以下、緑の二重線で囲んだ箇所が瞑想の練習方法です。

ヴィパッサナー瞑想はブッダが悟りを開いた瞑想法です。

合宿ではこの瞑想法を世界中へ広めることに尽力されたゴエンカ師という人物のテープ音声を聴きながら学びを深めて行きます。

 

ヴィパッサナーの修行は段階的にステップを踏んでおこなうものでしたのでその内容と合わせて、一日一回ほどアシスタントティーチャーの先生に瞑想の練習法に対する質問ができたので、その会話の内容も備忘録がてら記録していきます。

ステップ1 アーナパーナ瞑想法

これは合宿の初日から4日目までの修行です。

1日目

まずは徹底的に「今」に集中することから始まります。

自分自身の呼吸に意識を向け、呼吸が鼻腔を通り抜ける感覚を観察し続けます。

鼻の頭と上唇のラインを結んだ三角形のエリアのどこかに感覚を見つけたら、それをひたすら観察します。

私は鼻腔の感覚が一番分かりやすかったので、そこに意識を向け続けました。

鼻から吸って鼻から吐く。呼吸に集中する。たったそれだけのことが難しいのなんの。

呼吸に集中できるのはもって5秒という有り様でした。(湧き上がる雑念)

心というものはこんなにも次から次へ意識の対象が移り変わって定まらないものなのだと知るいい機会でした。

 

先生「空気が鼻が通り抜ける感覚はわかりますか?」

Reina「集中しているときはわかりますが、気づいたらうとうとしてしまっています。。」

先生「そうですか。うとうとしてしまうことを責めなくても大丈夫です。眠ってしまうことも、ありのまま事実として受け止めてくださいね。もし意識がそれそうになったら呼吸を強めてみてください。」

Reina「(優しい…!!!)」

二日目

二日目はゴエンカ師から与えられる指示が代わります。

鼻の頭と上唇のラインを結んだ三角形のエリアではなく、鼻の下・上唇の上の小さなエリアに生じる感覚だけに集中します。

先生「何か感覚は感じ取れましたか?」

Reina「鼻の穴を抜ける空気が温かいです。」

先生「今朝からゴエンカ師の指示が変わって、鼻の下の皮膚に生まれる感覚を観察してくださいね。例えば、ピリピリするとか、熱い感じがするとか、気だるい・重い感じとか、鼻息がさわる感覚とかです。」

Reina「(やっべ違うことやってた)」

三日目

三日目も二日目と同じ指示に従い、瞑想の練習をしました。

先生「何か感じられましたか?」

Reina「はい。呼吸が触れる感じと、鼻の下の皮膚がピリピリしているのを感じました。」

先生「そうですか。その調子で続けてくださいね。」

Reina「(褒められた!よっしゃー!!)」

ステップ2 ヴィパッサナー瞑想

四日目

午前中はアーナパーナの最後の練習。そして午後からヴィパッサナー瞑想の教えをうけました。

アーナパーナ瞑想を応用して、頭のてっぺんから足先までゆっくりと意識するエリアを動かしていきます。身体の表面にある感覚を順番に、上から下まで観察してきます。

3日間の修行により、鼻の下のエリアにある感覚は目をつむればすぐに感じられるようになっていました。

ゴエンカ師の声に従い、身体の表面から順に頭~首~胸~右腕~指先~といった具合に全身くまなく感じ取っていきます。

これがまあ疲れる疲れる。

全身を上から下まで感じ取る時間はだいたい15分くらいが目安だそうですが、アーナパーナを10分続けることもできない私にそんな集中力があるはずもなく、頭~首まででギブアップ。

一度に意識を向ける範囲は10円玉大が目安。10円玉を少しずつ動かしていくように、意識をむける位置を変えていきます。

先生「意識を動かしながら感覚を観察できていますか?」

Reina「頭からつま先まで集中力がもちません。意識が途切れてしまったときは、また続きからはじめればいいですか?」

先生「その場合はまた頭から始めてください。」

Reina「(終わりがみえねえ...)」

そのあとはもう意識が飛びかけそうになるのを必死にこらえて、眉間にしわ寄せながらやってました。

五日目

きのうは全く可能性を感じなかったのに、この日は身体の前面を一瞬でクリアできました。というのも昨日の夜、一日の終わりに先生に質問する時間があるのですが、そこでこんな会話を聞いたからです。

ほかの生徒さん「10円玉大だと集中力が持たないので500円玉くらいの範囲でやっています。」

先生「そうですね。どうしても無理なら、頭全部、右腕全体、左腕全体というように大きな範囲でとらえてみてください。」

Reina「(まじか!はよ教えて欲しかった!)」

ということで、大きな範囲で頭からつま先まで意識を流すことにしました。

ざっくりとはいえ、最後までやり遂げられたことによる達成感に快感を覚え、瞑想がたのしくなってきました。

そんな私にカセットテープのゴエンカ師はこのようにおっしゃいました。

ヴィパッサナの瞑想中に感覚を渇望してはならなりません。それはサンカーラー(欲望の種)です。感覚を感じない箇所があっても、その事実をありのまま、客観的に受け入れなさい。

我は全て見透かされている。

六日目

じつはこのあたりから記憶が曖昧です。

相変わらず頭からつま先まで意識を移動させながらくまなく全身を観察する。これをひたすら続けていました。

毎晩のゴエンカ師の講和がとても面白くて、それが一日のなによりのたのしみでした。

ヴィパッサナーの教えは簡単にまとめてしまえば、以下のような感じです。

サンカーラ(欲望・渇望・執着)から自由になりなさい。

サンカーラはあなたの心に苦しみを生み出す欲望の種です。

どんな感覚が生じても、ただありのままに、客観的に見つめなさい。

この世はアニッチャ(常にうつり変わっていいる)です。

変わりゆくものに執着することにどんな意味があるでしょう。

決して心を振り回される必要はありません。

七日目

たぶん七日目の指示だったとおもうのですが(曖昧)、瞑想の要求レベルがまた一つあがりました。

左右同時に観察することができる箇所は左右同時に観察するようにします。(腕や脚など)

こうやって少しずつ少しずつ瞑想の完成を目指していくのが、この合宿のスタイルです。

突然指示されても絶対できないようなことも、昨日までの下積みがあるからなんとか着いていける。

絶妙なストレッチゴールを毎日示してくれるので、挫折することもなく、修行にのめりこむことができました。

 

合宿も後半にさしかかると、もう十数年思い出すことすらなかった古い記憶がふっと浮かんでくるようになりました。

昔好きだったあの人、親友に裏切られた記憶、鬱の症状がMAXだったときの恐怖、でも何かあるたびに必ず誰かに支えられていたこと。

合宿が始まったばかりのころはお腹すいたな~とか、薄っぺらい中身のない連想ゲームをひたすら続けていたのですが、徐々にあたまに浮かぶ雑念が自己の深いところから湧き上がってくるようになりました。

そしてその湧き上がる記憶一つ一つに心かき乱されるわたし。

これについてもゴエンカ師が講和のなかでこうおっしゃっていました。

瞑想によって心の奥深いところに溜まっていた不純物が表面に浮かび上がってくるでしょう。

瞑想は心の大手術です。過去の記憶や潜在意識が湧き上がりあなたの瞑想を妨げようとします。

でも、そのような不純物がもたらす感覚に反応せず、ただ、見つめなさい。

この世は全て、あなた自身すらもアニッチャ(無常)なのだから、そんな一時的なものに惑わされてはならない。

反応しなければ、その感覚はいずれ消えていくのです。(ニュアンス)

見透かされているアゲイン。。。

八日目

感じられる範囲で、できるかぎり広い範囲の感覚を同時に感じ取ります。

もうこれくらいになってくると、集中力を意のままにコントロールできるようになっていました。

悟空がカメハメ派を撃つ前って、瞬間的に腕に力を貯めるじゃないですか。

あんな感じで短時間であれば意識を向けたい場所に一瞬で集められるし、コントロールもできるようになりました。

九日目

フラフープの輪をくぐるように上から下まで、体の表面のみならず、体の奥深くに生じる感覚にも意識を向けて観察します。

上から下までいったら、下から上に戻って、ひたすら観察しつづけました。

 

ここでわたくし。

 

まさかまさかの体調不良のためリタイア

 

でも翌日は沈黙が解かれる日なので、これがゴエンカ師による最後の指示だったのかなとおもっています。

瞑想合宿を終えて

 

瞑想の終わりはいつもゴエンカ師の祈りに参加者たちが応える形で締めくくられます。

 

ばばどぅ さーべい まんだらん(生きとし生けるものが幸せでありますように)

さーどぅ さーどぅ さーどぅ(その通りであります、その通りであります、その通りであります)

 

 

この瞬間がとても宗教的で、(もちろん強制されませんが、合宿が進むにつれて皆次第に口ずさむようになる) 世界の幸せを祈ることで、日増しに自我が少しずつ少しずつ小さくなっていくように思いました。

 

ヴィパッサナーとは「ものごとをありのままに見る」という意味らしいです。

 

好きとか嫌いとか、楽しいとか苦しいとかいう自分の感情を通すことなく、世界をありのままに見つめること。

それが心の平穏を、わたしたちの幸せをもたらしてくれるというのがヴィパッサナーの考え方でした。たぶん。

 

ずっと宗教とは縁遠い生活を送ってきたので、はじめて聖人の教えをじっくり聞く機会に出会いましたが、わたしはとても面白いなと感じました。

 

人によっては何言ってんだ?と思っていた人もいるでしょう。

 

でも、長年語り継がれている教えは人々を幸せに導いた実績があるということです。

この世界はたえず変化している。苦しみはずっと続かないものなんだと自身の感覚をもって感じる経験ができたことで、私はこの合宿に参加してから生きるのがかなり楽になりました。

 

万人が良いと言うものでは決してないと思いますが、興味があるならぜひ一度参加してみることをお勧めします!

大丈夫、帰りたくなったらちゃんと帰らせてもらえたよ!

だから迷っている方はとりあえずチャレンジしてみてください!

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